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東京高等裁判所 平成11年(ラ)1415号 決定

抗告人(債権者) 総合住宅金融株式会社

右代表者代表取締役 A

右代理人弁護士 西迪雄

同 向井千杉

同 富田美栄子

同 服部薫

相手方(申立人) X

主文

一  本件抗告を棄却する。

二  抗告費用は、抗告人の負担とする。

事実及び理由

第一抗告の趣旨

原決定を取り消す。

第二抗告の理由

一  会社整理の手続は、会社の更生再建を図る点では会社更生手続と同様であるとはいえ、会社更生法三七条に類似する規定が置かれていない以上、いまだ整理開始の申立てがなされたに過ぎない段階においては、整理開始命令後に裁判所が行い得るとされる商法三八三条二項又は三八四条に基づく措置を軽々に同法三八六条二項、一項一号による保全処分としてなし得るか否かについては重大な疑義があるといわなければならない。

そして、整理開始命令後における競売手続の中止に関する商法三八四条の規定によれば、裁判所は、債権者の一般の利益に適応し、かつ、競売申立人に不当の損害を及ぼす虞のないときに限って、競売手続の中止を命じ得るにすぎないが、かかる商法三八四条の規定の趣旨は、担保権の対象とされる不動産等の会社財産について競売手続が実施され、競落により他に処分される場合には、整理申立対象会社の維持更生が直ちに阻害される結果となり得ることにかんがみ、特に競売申立人に不当の損害を及ぼす虞のないときに限って、裁判所は競売手続そのものの中止を命じ得ることにしたという点にある。これに対して、抵当権による物上代位に基づく資料の差押執行手続が行われるにすぎない場合は、これによって抵当権の設定された不動産そのものの処分可能性はいまだ具体的な問題となっておらず、加えて、抵当権による物上代位に基づく賃料の差押執行手続が保全処分により停止されても、債務者である整理申立対象会社は、依然として賃料を収受し得ないのであるから、抵当権による物上代位に基づく賃料の差押執行手続の中止は、整理申立対象会社の維持更生に何ら資するところがないというべきである。

したがって、抵当権による物上代位に基づく賃料の差押執行手続は、競売手続の実行そのものとは様相を異にするから、たとえ、かかる賃料の差押執行手続によって整理開始命令の対象とされる会社の企業活動において多少の影響を被ることがあるとしても、やむを得ないことであり、裁判所は、抵当権に基づく物上代位権の行使までの中止は命じ得ないものと解すべきである。

しかるに、原決定は、抵当権に基づく物上代位権の行使の中止という整理開始命令後においてもなし得ない類の措置を、整理開始前における保全処分として命じたのであり、この点において既に原決定の違法は顕著である。

二  抗告人は、本件の整理開始の申立てがされた債務者に対しては、原決定により中止された抵当権による物上代位に基づく賃料の差押執行手続を申し立てた時点において、元金に限っても合計金二八億円の貸付債権を有し、物上代位権行使の基礎とされる根抵当権の極度額の合計は金二〇億円とされているとはいえ、根抵当権設定後における予期しない不動産市況の低迷の結果、担保価値は、原決定により物上代位権行使停止の対象とされた抵当権設定建物のほか、その敷地等を含めても、約六億四四〇〇万円程度にとどまる状況にあるから、この上さらに抵当権による物上代位に基づく賃料の差押執行手続の中止を命じられる場合には、債務者からの債権回収の点において、抗告人として不当な損害を被ることになるのは明白である。

第三当裁判所の判断

一  抗告人は、会社整理手続には会社更生法三七条に類似する規定が置かれていない以上、整理開始の申立てがなされたに過ぎない段階において、整理開始命令後に裁判所が行い得るとされる商法三八三条二項又は三八四条に基づく措置を軽々に同法三八六条二項、一項一号による保全処分としてなし得るか否かについては重大な疑義があると主張する。しかし、会社整理手続の場合にも、手続開始前の段階で会社財産の散逸を防ぎ、債権者の追及から会社再建のための財産を確保するため、個別執行手続をとりあえず中止しておくことは必要であって、特に会社更生手続と異なる取扱いをすべき合理的な理由はないと考えられるから、会社整理手続開始前においても、会社の重要な財産について担保権が実行され、そのまま手続が継続されれば、整理の目的を閉塞する虞がある場合で、整理手続開始の見込みがあり、かつ、整理手続の開始の点を除く他の商法三八四条所定の要件が満たされるときには、商法三八六条二項、一項一号に基づく保全処分として、担保権の実行手続の中止ができると解するのが相当である。

二  抗告人は、抵当権による物上代位に基づく賃料の差押執行手続の中止は、整理申立対象会社の維持更生に何ら資するところがなく、整理開始命令後においてもなし得ない類の措置であると主張する。確かに、抵当権による物上代位に基づく賃料の差押執行手続によっては、抵当権の設定された不動産そのものの処分可能性はいまだ具体的な問題とはなっていないこと、抵当権による物上代位に基づく賃料の差押執行手続が保全処分により停止されても、債務者である整理申立対象会社は、依然として賃料を収受し得ないことは、抗告人が主張するとおりである。しかし、賃料収受権は、整理申立対象会社にとって重要な資産であって、これが一部の抵当権者による物上代位権の行使によって回収されると、現在進行中の整理計画の策定が困難になるという状況にあることが一応認められるから、会社財産の散逸を防ぎ、会社再建のための財産を確保するために個別執行手続をとりあえず中止しておくという保全処分の必要性は、抵当権による物上代位に基づく賃料の差押執行手続の場合にも肯定されるというべきである。

三  抗告人は、抵当権による物上代位に基づく賃料の差押執行手続の中止を命じられることにより、債務者からの債権回収の点において、抗告人として不当な損害を被ることになると主張する。しかし、原決定により債権者である抗告人が被る不利益は、差し押さえた賃料の受領が平成一一年一一月一七日まで中止されるということだけであり、これをもって不当な損害とまで認めることはできない。

第四結論

よって、抗告人の本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 原健三郎 裁判官 岩田好二 橋本昌純)

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